その筋では冬に入る前から聞こえていた話だが、今年は暖な冬らしく。
今でこそ東北や北陸、北海道は豪雪が降りしきってもいるが、
まさか相変わらずの異常気象かと匂わせるよな温暖な気候が師走に入っても続いたため、
なかなか降らないスキー場などでは
このままでは商売上がったりだと雪乞いするところまであったほど。
関東や関西地方のわりと温暖な平野部でも、
時折 不意打ちのように
冷たい風が吹いたり凍るような雨が降ったりしたものの、
クリスマスも大みそかも震え上がるほどという寒さにはならずで。
年が明けても尚、文字通りの “三寒四温”という感じで穏やかな冬が続いている。
“そうはいっても朝晩はひんやりするけどね。”
なかなか布団から出られなくって、
遅刻寸前までぐずぐずしてたもんだとか、朝ごはん食べる時間が無くなってとか。
外に出て “わっ、しまった。手套忘れてた”って気が付いて、
慌てて家の中へ戻ったりしてさ、なんて。
そういう冬場にはよくある話を聞くにつけ、
『そうですよね、うん。』
部屋に日が差してりゃあ まだちょっとは温もってもいるでしょうが、
冬のキンキンに冷たい空気が垂れ込めてるのに、温まった布団から出るのは難儀ですものねと。
ぶるるなんて肩震わせて 虎の少年がアハハ―と相槌を打つと、
『……いやあの、ごめん。』
『ただ甘えてるだけです。』
『大人失格です。』
手の届くところにストーブがある。何ならエアコンのリモコンも届く。
まだ暖房してない部屋だとて、外とは違う、最低限10度は保たれてる。
コンクリート打ちっぱなしの凍るような地下室などで、
布団なんてないまま、たまのお情けで擦り切れた毛布があるかもといった
それはそれは悲惨な待遇で寝かされて幼少期を過ごしたという
敦少年の壮絶な過去話を知っているがため。
探偵社の気のいいお兄さんやら心優しい事務方の面々は、
一般的な感慨を引っ込め、げふんごほんと誤魔化すような咳払いをしつつ、
各々のデスクへ戻っていったりするそうで。
“…う〜ん。まだまだ皆さんに気を遣われてるなぁ。”
流石に、何で引かれているのかくらいは敦の側でも察しもつく。
感覚的にそうとなれたほど
冬の朝の実情というもの、一般人並みのそれになりつつあるためで。
確かに曾ては 皆様から同情されるほどの凄絶な扱いを受けていた。
寒いなんてもんじゃあない、冷蔵庫内と変わらないよなコンクリの床の上で冬の凍夜を過ごし、
下手な寝方をすれば手足の指だの頬だの凍傷起こしてしまうよな惨状にいた自分だったが、
(そうならなかったのは、今にして思えば異能の“月下獣”が再生の治癒を発揮していたからだろう)
今はふかふかの煎餅布団にくるまれて、寝起きするに適した居室で寝ているのだし、
同居している鏡花ちゃんが早起きして、それはテキパキと温かくて美味しい朝ごはんを作ってくれている。
ご飯を炊いてみそ汁を作って、そんな炊事で部屋の中はじわんと暖かくなっているし、
そりゃあ穏やかで幸せな朝を過ごすにつけ、
これが当たり前なんだよというのを既にすっかりと身につけているわけで。
“…そうなんだよなぁ。/////////”
もうすっかりと当たり前のそれとして、寒いけど暖かい冬も知っている。
誰かと過ごせば暖かな、誰かを想うだけで暖かな、そんな冬を知っている。
今日は非番で、でも、特に予定なんてなかったんだけど。
『非番だろ? 久々に1日中一緒に居られるな。』
こちらも不定期だけど、中也さんはもっと不定期なお務めで。
普通一般の土日どころじゃあない、
休みなはずが急に呼び出されて、
誰かを庇って怪我をしてそのまま一両日ほど音信不通なんてこともざら。
自分が泣きそうな顔で案じるから、気遣ってくれてのことなのだろうが、
“絆創膏レベルなら全然構わないのにね。”
それを言いもしたけれど。
中也さんたら ふふんって目許を細めて渋く笑うと、
いいや、俺がわざわざこんなもん貼ってるなんて余程の傷なんじゃないかって
手前は案じるだろうからと言われたし、
『そこは否めないな。敦くん、嘘つけない子でしょ?』
え?って。そんなに駄々洩れですか?って。
自分の頬を両手で押さえて慌てて見せたら、
『うん。
今日だって、早く帰りたいな〜って思ってか、
時々手が止まっちゃあ にやにやしてるしね。』
明日は非番だから中也とデートなんでしょう?と、太宰さんにあっさり見抜かれており、
それへ…今度は賢治くんや国木田さんにまで “???”と首を傾げられるほど
顕著に慌てふためいてしまったのは…まあ忘れようかなと
こっそり えへんおほんと咳払いの真似事をしてから。
“…よく寝てるvv”
そろりそろりと足音忍ばせて。
気配にはさとい人なので、わざわざ虎脚にして足音も消しつつ、
ふかふかのじゅうたん敷き詰めた寝室の真ん中に据えられた寝台へ近づく。
ゆったりした広さと頑丈な作りのダブルで、
程よい暖房が効いている中、ダウンの肌掛けとベロアみたいな肌触りの毛布に埋もれ、
シルクなのかな、光沢のある生地のパジャマを着てぐっすり寝入る、
横を向いて枕に埋もれたお顔も端正な、愛しいお人の寝顔を覗き込む敦だったりする。
太宰にズバリ見抜かれたように、今日は非番で中也と逢うことになっていて
本当はね、支度が出来次第 連絡するって、
迎えに行くから、適当に朝ごはん済ませて待ってろなんて言ってくれてたんだけど。
一刻も早く会いたいってモゾモゾ落ち着けなかったの。
あんまり早くに目が覚めたので、こっそり出掛けて来て、
もらってた合鍵で上がってから、こっそりこっそり寝顔を堪能してたけど。
麗しき夫エロースの寝顔を覗き見ていたという ギリシャ神話のプシュケよろしく、
いつまでもというノリで飽かず眺めていたけれど、
「…………ちゅうやさん。」
それは小さい声で囁いても、よほど疲れていたものか、ピクリとも動かない。
だったら寝かしておこうと思ってたものの、
こうまで近くにいるともなれば、
「………。/////////」
吸い込まれそうとはよく言ったもので、
視線が剥がせず身を乗り出したくなるような、
そんな美貌の君なのが今更ながらに思い知らされて、
何ともかんとも身動きが取れぬ。
外套を脱いできたリビングに一旦戻ろうか、
それともキッチンへ退いてコーヒーでも淹れようか、
何なら今朝は自分が拙いながら朝食を用意しようかしらと、
いろいろ思いはするのに、視線は剥がせないし脚だって動かない。
柔らかそうな頬へと伏せられた瞼の縁、長い睫毛が淡い影を落としていて、
鋭角的な美貌に花を添え。
甘い色香をまとった赤いくせっ毛の端が頬に零れて、
それがくすぐったいのかちらりと眉をしかめたけれど、
それもすぐに緩んでまた眠り続けるのへ何故だかホッとして。
「えっとぉ。//////////」
何やってるかなと、自分の矛盾した気持ちへ真っ赤になる。
ゆっくり寝ていてほしい、でも、起きてほしいな、でも寝かせときたい。
えっとうっとと もじもじ・もにょりしていたが、
“……うん。////////////”
寝台の傍にそのまま屈むと、縁から垂れていた肌掛けの端をちょっと持ち上げ、
膝から乗り上がっての身を倒し。
そりゃあ広々した寝台の上、肌掛けの中をそろりそろりと進軍してみる。
広いと言っても4畳半もあるでなし、
乗り上がった両脚が上がり切ると同時くらいで もう、
その身が隣り合うほど間近になってて。
すうすうという寝息が聞こえるのへ、ちょっぴりむずがるような切なるお顔になり、
でもこれ以上は邪魔しちゃいけないよなぁなんて、
ヘタレなところがあと一歩を詰められない。
同じ肌掛けの下になったことで、温みも共有出来ており、
毛布が浮いちゃったかな? 寒くないかな、えっとあのあのと、
敷布へ頬をつけ、上目遣いに見やっていたものの、
「……。//////」
えいと強めに目をつむれば、両の腕が白地に黒い模様の入った虎仕様になったので、
それを伸ばしておずおずと、小さくとも頼もしい兄人の上体を抱き込めば。
眠っていての無防備だからか、
そりゃあ鍛えておいでの頑丈な身が、何ともまろやかに萎えたまま こちらの懐へ収まって。
わわわ・わぁわぁわぁ〜〜〜っ、と
物凄くありきたりな言いようだが、
恐ろしい猛獣の仔が、今だけ懐いてくれたよな、
嬉しいような誇らしいような、でもドキドキも収まらないままの、
何とも混沌とした興奮状態の胸中だったものの、
「…どうせなら直に素肌の方がいいなぁ。」
「〜〜〜っ☆」
にゃあぁぁぁああぁぁっと総毛だってのあわあわ焦る虎の子くんが逃げないように、
そりゃあ手慣れた様子で両の腕を敦の背へ回すと、自分からもぎゅうと抱き着き、
ちょっと普段はない体勢ながら、
懐ろという間近から悪戯っぽく笑う兄様のお顔が見上げて来て、
寝込みを襲うたぁいい度胸だな、敦。
いやあの、えっとぉ。////////
疚しいことしてないですよとの笑顔を作りかかって、
でも含羞から破綻しての照れまくり。
そんな少年の背をさすり、どうどうどうと宥めてやりつつ、
“何だこの可愛い生きもんはよぉvv”
思わぬ襲撃で始まった楽しい休日。
さてどうやって振り回し、もとえ、楽しませてやろうかと、
寝起きから上機嫌な五大幹部様だったようでございます。
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